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このコーナーでは、お世話になった方や友達の紹介をいたします。

第6回
 真中下段の髪が短いのが私!
  雰囲気が全然違いますが、間違いなく岡本聖子です(笑)
 下段左が松村晴美先生です。
 上段左が晴美先生の旦那さんで、コーチと呼んでいますが、日曜日によく
 練習に来て頂きました。
私は、小学校5年生でテニスと出会い、6年生からプロになりたいとテニスを本格的
に習い始めました。絶対、プロになるって言う気持ちに何の根拠もなく、勝手に私は
プロになるんだと思っていました。こわっ!そんな時に、あるきっかけで夙川学院中
等部のテニス部の練習に参加させてもらえることになり、顧問の松村先生に出会い
ました。練習が終って、家に着いた時に一緒に練習に付いてきてくれていた母親か
ら夙川学院に入学しないかと推薦の話を頂いたよっ教えてもらいました。もう嬉しく
って嬉しくって即答で「行く〜」って答えたのを今でも覚えています。実績はないし、
へたくそだし、テニスを初めて間もないし、先生が私を推薦して下さった理由は今も
不明です(笑)今度聞いておきます。中学のテニスコートはナイターなしのクレーで
1面しかありません。初心者から経験者まで合わせて、毎年10人ぐらいの部員が
入部します。1日にコートでボールが打てるのは、日が落ちるのが早い冬は45分間
くらいしかなかったりして、それを部員みんなで分け合うので、本当に練習はあまり
出来ませんでした。松村先生はテニス選手の経験があるわけでもなく、特別な免許
を持たれたコーチでもありません。しかし、私はテニスを通じて人間として大切なも
のをたくさん教えて頂きました。3姉妹の末っ子の私は、わがままだったり幼稚さが
抜けなかったり、お転婆な中学生でしたが、毎日先生に怒られながらテニスと勉強
の両立に励みました。そして、プロになりたいと強い気持ちを持っていた私は「自分
の為にプレーしてる、私は自分の夢の為だけにプレーしていく」っとテニスノート(毎
週月曜日に提出する日記帳)に書いていましたが、それは間違っている、聖子は両
親やその他にもたくさんの人々に支えられて今の自分があるのだから、テニスがで
きているのだから、その人たちへの感謝の気持ちを忘れてはいけない。その人たち
の為にもプレーするんだ!そのことをどんな時も忘れてはダメだと、思いっきり叱ら
 れました。1年生の頃は、全くダメだったけど、3年生の頃には関西のトップになってました。3年生の時に全国中学生テニス大会で団体優勝しま
 した。もちろん、シングルス,No1を任して頂き兵庫県の予選からすべて全勝しました。松村先生は今はもうテニス部の顧問は引退されてしまった
 のですが、つい最近まで1月1日に先生の自宅に集まって、先輩や後輩と一緒にお正月を祝いました。今はもう顧問を辞められたので、先生の教
 え子が増えることもなく、その会はなくなってしまいました。寂しいです。私のテニスの原点はここにあるかもしれません。今は夢が叶ってプロにな
 ることができ、私の仕事がテニスとなっていますが、この時に教えて頂いたこと、大切なのは感謝の気持ちと、練習の環境や量よりも自分の気持
 ちだと言うことを忘れず頑張って行きたいと思います。松村先生に教えて頂いたことはテニスに限らず何に置き換えても大切なことだと思います。
 先生との出会いは私にとって本当に大きいものでした。